浮世絵復刻版画

名所江戸百景

名所江戸百景
広重最晩年の揃物「名所江戸百景」は、全百二十図(内一図は二代広重落款、一図は目録)の超大作であり、生涯の画業を総決算する文字通り記念的な傑作である。
江戸の市中と郊外とに渡ってすぐれた景観に四季折々の人事や情趣を探ね、新しい名所を発掘、登録した意欲作でもあった。
西洋的な遠近法の大胆な応用や、連続し、あるいは切断された時間への鋭い感覚、朝夕の陽の光や夜空に輝く月や星、あるいは地上にともる火影といった光線への鮮新な意識、意外なカッティングやトリミングを駆使した独創的な画面構成などなど、その魅力をあげていけばきりがない。ヨーロッパ近代の画家たち、モネやゴッホやホイッスラーらが、この「名所江戸百景」に衝撃的な影響を受け、絵画芸術の方向を決定的に変えて行ったことは、人のよく知るところである。
江戸時代の浮世絵版画が彫りや摺りの技術面においても最高の高みに達したのが、ちょうどこのシリーズが刊行された安政3~5(1856~58)年の頃であった。広重は彫師や摺師の表現力を信頼し、彼ら自身の造形面への参加を積極的に許したふしがある。「大はしあたけの夕立」の雨の線を彫る時、あるいは「亀戸梅屋舗」のぼかしを摺る時、彼らがどれほどに仕事の甲斐を感じ、その技を尽くして協力したことか、仕上がった画面を見ていて実によく分かる。
千葉市美術館 館長 小林 忠


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